世界有数のゲームメーカーとして「モンスターハンター」「バイオハザード」「ストリートファイター」など、数々のタイトルの企画、開発、製造、販売を手がけるカプコン。名作ゲームタイトルの数々を専用のオンプレミス環境で開発してきた同社ですが、管理コストの増加、機材スペースの不足、障害発生時の対応といった課題を解決すべくクラウド活用に着目し、AWS上にパッケージ作成環境を構築することを検討しました。この記事では2022年10月発売の『バイオハザード ヴィレッジ ゴールドエディション』の開発に向け、まずはAWS上での基本動作検証やオンプレミス環境との連携確認、テストパッケージの作成等を実施し、クラスメソッドに対して環境構築やセキュリティ強化等に関する支援を要請したプロジェクトについて振り返っていただきました。
マルチプラットフォーム対応で大量のパッケージ作成が必要
カプコンがゲームのパッケージ作成にクラウドの活用を検討した背景には、2008年頃から進めてきたマルチプラットフォーム戦略があります。現在は1つのゲームタイトルをPC、コンソール、クラウドなど複数のプラットフォームに展開し、さまざまな環境でプレイできるようにしています。『バイオハザード ヴィレッジ ゴールドエディション』の場合も、PlayStation 5/4、Xbox One、Xbox Series X/S、Nintendo Swich(クラウド)、PC(Windows/Mac)の7つに対応しています。
「結果的にバイオハザード ヴィレッジ ゴールドエディションでは製品仕様(SKU)の総数が28となり、それぞれでMaster用とQA用を用意すると合計56個のパッケージ作成が必要になりました。実際、56個のパッケージを同時に作ることはなかったものの、開発の終盤では最大51個のパッケージを同時作成することもあり、ピーク時は週間の作成数がさらに3倍にもなることもありました」(伊集院さん)
オンプレミスとクラウドのハイブリッドによる開発環境の構築へ
ゲーム開発におけるパッケージ作成は、各プラットフォーム環境で実行できるファイルを作成する作業のことです。ゲーム実行ファイルのビルド、ゲーム内で使うアセットのコンバート、コンバートしたファイルの圧縮を経て、最後にプラットフォームメーカーが提供するツールを使ってパッケージファイルを作成します。カプコンではBuildFarmという専用のオンプレミス環境を用意し、効率的にパッケージ作成を行っています。
長年利用しているBuildFarmですが、オンプレミス環境であるがために3つの課題がありました。1つめはハードウェアの管理コストです。オンプレミス環境では、マシンのフリーズ、意図せぬ再起動、熱によるクラッシュなどが発生し、その都度対応コストが発生します。2つめは設置面積と電源の問題。機材を追加しようとしても設置スペースが不足していたり、電源が足りなかったりで、開発環境を容易に拡大することができません。3つめは障害発生時の対応で、法令停電や障害時にパッケージ作成ができなくなるリスクがありました。繁忙期に障害が発生するとゲームの発売スケジュールに影響を及ぼします。
そこで同社はクラウドに着目し、社内で活用実績のあったAWS上にパッケージ作成用の環境を構築することにしました。
「AWSを活用して開発ピーク時の膨大なパッケージ作成に対応することと、障害や災害に強い開発環境を確保することを目指すことにしました。オンプレミス環境からの完全置き換えでなく、オンプレミスとクラウドと組み合わせることで、より最適な環境を構築することが狙いです。オンプレミスとクラウドの併用により、どちらかにトラブルが起きても、どちらかでカバーすることができます」(伊集院さん)
開発情報を外部に漏らさないためのセキュリティ対策を重視
クラウド上での本格的なパッケージ作成に向けて、まずは本運用の前にAWS上での基本動作検証やオンプレミス環境との連携確認、テストパッケージの作成等を実施することとし、クラスメソッドに環境構築やセキュリティ強化等に関する支援を要請しました。
「クラスメソッドは、過去に別の部署が共通アカウント管理サービス(CAPCOM ID)の開発支援や、Webアプリケーション開発の支援をお願いしていたこともあり、今回の開発環境の構築もお願いすることになりました。当社のことを熟知するクラスメソッドに最初から参画していただけることで、安心感は高まりました」(山田さん)
AWS上での環境構築は2021年6月からスタートし、同年末からゲームエンジンの動作検証や各種サービスとの連携確認を実施しました。その後、BuildFarmとAWSの連携作業と検証を実施し、テストパッケージの作成検証を経て2022年9月に検証を終了しました。
「環境構築で最も重視したのは、開発中のゲーム情報を外部に漏らさないためのセキュリティ対策です。ただし、自社にクラウドセキュリティに詳しい技術者がいないため、クラスメソッドには環境分離、ポリシーの設定、セキュリティ検知などに関する支援をいただきました。また、2022年7月にAWSからリリースされたMicrosoft Visual Studioライセンスが含まれたAMI(起動テンプレート)を活用することにしたのですが、初期の仕様不良で動かなくなるトラブルが多発しました。その際、クラスメソッドにはAWS側とのやり取りをお願いして、原因調査とサポートの依頼を手伝っていただきました。その他にも短時間にパッケージ作成を行うためのパフォーマンス強化、ファイル転送の高速化等についてもさまざまな方法を提案いただきました」(山田さん)
社内にAWSの知見がない中で、どういったサービスを活用するか、構築時に注意するべきことは何かといったことを適宜指摘したクラスメソッドの支援についても高く評価しています。
「クラスメソッドには、こちらから質問した内容に対して、高いクオリティで対応していただきました。返答までのスピードも非常に速く、おかげで遅延なくプロジェクトを進めることができました」(山田さん)
Smart、Sustainable、Secure、Seamlessの“4つのS”を実現
クラウド開発環境の本運用を開始した後は、一部のプラットフォーム向けに約300個のパッケージをAWS上で作成し、『バイオハザード ヴィレッジ ゴールドエディション』の製品リリースに貢献しました。
環境構築では、当初の目的としていたBuildFarmとクラウド環境のハイブリッド運用によるパッケージ作成の効率化と、パッケージ作成環境の強靱化を実現しています。
「今回のクラウド化プロジェクトでは、Smart(洗練された開発)、Sustainable(持続可能な開発)、Secure(さらなる安全性)、Seamless(内と外の壁を越えた開発)の“4つのS”を目指していました。クラウドの活用により当初の狙いどおりハードウェアの制限から解放され、持続的で安全性が高く、効率的に開発できる環境を手に入れることができました。以前からクラウド環境の活用を希望していた開発者からも感謝の声が寄せられました」(伊集院さん)
現在は、次のタイトルに向けた環境を構築中で、2023年の秋にかけて前回より多くのパッケージ作成でクラウドを活用することを検討しています。
「バイオハザード ヴィレッジ ゴールドエディションでは、一部のプラットフォーム向けのパッケージをクラウド上で作成してきましたが、次のタイトルでは別プラットフォーム環境のパッケージが作成できるように検証を進めています。そしてVisual Studio入りのAMIを利用したマルチプラットフォーム向け環境の構築を推進し、開発の現場に近い環境でパッケージ作成ができるようにする予定です。カプコンでは常に複数のタイトル開発が並行して行われていますので、開発者からの要望に応えるべく、より多くのタイトルで追加作業の必要なく、いつでもクラウド環境でパッケージ作成ができるように準備を進めていきます」(伊集院さん)
今後もAWSを駆使した環境整備を継続検討
「開発でのクラウド活用が社内に浸透しつつある状況で、徐々にやりたいことも増えています。しかし社内にはクラウド人材が少なく、リソースが足りません。今後も案件によってはより踏み込んだ設計や環境の構築をお願いすることがあると思いますので、一層の支援をいただければ幸いです」(山田さん)
クラウドを活用してゲーム開発の効率化を加速するカプコンの期待に応えるべく、クラスメソッドは今後も最新のクラウド技術とこれまで蓄積してきたノウハウで支援を続けてまいります。