1996〜2002年にオンエアされ、その後も再放送や数年に一度の新作でファンの心をわしづかみしている北海道テレビ(HTB)の人気バラエティ番組「水曜どうでしょう」。ローカル番組ながら全国にファンを持ち、2019年12月には待望の新作オンエアが決まっています。これに先だって10月4〜6日にはさっぽろばんけいスキー場で「水曜どうでしょう祭 FESTIVAL in SAPPORO 2019」が開催されました。
2013年の開催から6年ぶりとなる本イベントはプラチナチケット化し、入手できた人、できなかった人の悲喜こもごもがSNSにも流れました。そこでHTBは、急きょイベントの有料ライブ配信を実施し、ファンの期待に応えました。
ライブ配信ではAWSのサーバーレスアーキテクチャやメディアサービスを活用し、セキュアなID管理のAuth0、柔軟な課金を実現するStripeなどのSaaSを組み合わせました。構築したのはHTBのコンテンツビジネス局 ネットデジタル事業部 兼 編成局編成部 兼技術局放送・ITシステム部の三浦一樹氏が率いる数名の技術チーム。クラウド周りの商業利用はほぼ初めてという状態ながらわずか1ヵ月程度で実装に成功し、配信を成功させました。
クラスメソッドはコンサルティングと技術相談を中心に同社をサポートしています。その内容について三浦さんのコメントを交え振り返ります。
1ヵ月で整った有料配信サービスのシステム構成
当初は社内での「参加したお客様がステージの映像を見られるように、会場内にWi-Fiを設置したい」という会話から派生したライブ配信の話題がきっかけでした。
当初は外部の動画配信サービスの利用を想定したものの、高額なサービス利用料がネックに。それを聞いた三浦さんはAWSで配信システムを構築することを提案します。日頃からAWSの技術コミュニティに参加して情報を収集し、業務の合間にもAWSに触れていたこともあり、三浦さんは部内のエンジニア二名とともに自社での構築にトライ。そして、常時1万人が同時接続をする仕様でシステムが誕生しました。
AWSベースで設計された配信システム。そのコスト算出はクラスメソッドが協力しています。
「稟議を通すために上長を説得する際、クラスメソッドさんの信頼はありがたかったですね。AWSのパートナーオブザイヤーに輝き、札幌のオフィスも近くにある企業ですから安心感も与えられました。私自身もイベントや技術ブログでクラスメソッドさんは身近な存在で安心感も高かったです」
普段からクラスメソッドの技術ブログ「DevelopersIO」の愛読者という三浦さん、信頼感をうまく活用してくださいました。
自ら構成を考える
技術ブログの内容、AWS関連の勉強会やコミュニティに参加して得た知識をフル稼働し、三浦さんは自らサービス構成を検討しました。
ライブ中継のストリーミング配信はAWS Media Servicesを利用して構築。SNSからのログイン機能はクラスメソッドがパートナーとなっているAuth0を利用し、オンライン課金システムはStripeを活用しました。これによりSNSアカウントでログインし、クレジットカードで課金したユーザーのみがライブ動画を見られるという仕組みをスムーズに構築できます。
「利用するサービスの選定だけで言えば5時間もかからないでできたと思います。AWSのメディアサービスは去年のイベント中継で使ったこともありましたし、そこにオンライン決済サービスのStripeを組み込めばいいこと、あえて自分で作り込む必要がないことも勉強会の参加で理屈上は分かっていました。
クラウド認証サービスのAuth0は、クラスメソッドさんに専門書をご紹介いただきました。そこに出ていた内容を試してみたら上手くいきましたよ」
さまざまなサービスを活用して実現した今回の配信サービスについて三浦さんは
「疎結合*はこういうことだ、それぞれ知ったものを組み合わせてみようという考えで進めました。本当に触れたこともないものは数個で、あとはDevelopersIOをはじめとした技術情報を参考にしてみたら、意外とできてしまうんです」
*疎結合:依存関係・関連性が弱く、それぞれのシステムが独立に近い形で存在している状態のシステム連携
専門的な検証はさておき、Webに公開されている情報や技術イベントでの学習をしっかり行うことでおよそのシステム構成ができたと語ります。
コンサルティングとQA対応で支援
クラスメソッドは今回、三浦さんによって構築されたインフラのコンサルティングとQAを対応しました。
「自分たちで構築するという気持ちを汲んで『これならできる / できない』という切り分けと、パラメーターの調整に関してアドバイスを頂くことをお願いしました。Lambdaでは同時実行数やレイヤーストレージの容量などに制限がかかりますが、今回は上限の引き上げと、引き上げの手続き時にどういった情報が必要かを教えてもらって手続きを進められたのはありがたかったことの一つです。まさに転ばぬ先の杖で、先手、先手でやっていただけました」
パラメーターは、Webに出ている情報で動くことはわかるけれど、その値が性能・コスト面で最適なのかどうかの判断が付かない、ということが三浦さんの悩みでした。
「CloudFrontで、動画のキャッシュに関する設定がMax、Minimum、Defaultとあるんです。ドキュメントには『実際のセグメントの値に合わせると良い』と書かれていたのですが、なぜそうなのかはわかりません。そうした不安をクラスメソッドさんに確認していただけると安心できます」
何を基準に確信を持つのか、いざ本番が始まらないとどれだけの人が集まるか分からないサービスの設計は予測を付けにくいものです。当社エンジニアはコンサルティングを通じて技術解説やその裏付けを行い、三浦さんからは「クラスメソッドさんから『良い』と言われた数字を信じられることで開発の手戻りもなくなり、本番に間に合ったと思います」と喜ばれました。
主な機能の実装は2週間で終了。さまざまなブラウザやOSでの動作テストなどを含め、公開1週間前程度に構築は完了しました。「最初は泊まり込みくらいするのだろうと思いましたけれど、俗に言うデスマーチのような進行にはなりませんでした」(三浦さん)とスムーズな進行になったようです。
感謝を第三者へ
有料ライブ配信は滞ることなく無事終了。SNSには有料ライブ配信を楽しむ視聴者の声が揃いました。急きょ決定したライブ配信ながら、連日にわたって多くの視聴者が水曜どうでしょう祭を楽しんでくれました。
「同時接続1万人というのは上限を見てのものです。視聴者数には余裕がありましたので運用は安心できていましたし、配信を行おうという気持ちにさせた友人が楽しんでくれているのもSNSで確認できました」
放送事業者が自前で有料配信の環境を整える例はなかなかありません。三浦さんは他局の同業者からは敬意しかないと言われ、同局内でも局長賞も授与されたそう。そうした環境構築の一部始終を、三浦さんは自社のブログに執筆しました。
「クラスメソッドのブログを読んで、自分もやってやろうという気持ちになりました。自分が受けた恩を、同じようなことをしたいと考えている第三者へWebを通して返していきたいですね」
地方局は広告収入が基本となるなか、視聴者に対価を頂くコンテンツ作りを成功させた今回のチャレンジは、放送業界の次のステップ大きな一石を投じたのではないでしょうか。そうしたチャレンジのサポートができたことを、当社としても誇りに思います。