サプライチェーンの計画・修正、教師の授業準備と成績管理、社内報の作成。いずれも専門スキルが必要な仕事ですが、今やAIエージェント(タスクを自律的に実行できるAI技術)が担うことができます。そのほかにも、海外の飲食店での注文、お出かけプランの作成、絵本の執筆と読み聞かせなど多様なAIエージェントを短期間で生み出した技術イベントが、今年はじめて開催されました。クラスメソッドが運営するブログプラットフォーム「Zenn」が主催した「AI Agent Hackathon with Google Cloud」です。
2024年12月から2025年3月まで開催した第1回には500人以上が参加し、提出されたプロジェクト数は139。大きな盛り上がりを生んだ同イベントは、Zennのマーケティング支援メニューを用いたオーダーメイド型のハッカソンとして企画・運営されました。今回は支援先であるグーグル・クラウド・ジャパン合同会社の北瀬公彦さんと、中莉沙さんに、経緯や成果について詳しく伺いました。
日本のエンジニアコミュニティで圧倒的な存在感と信頼を得ているZennに注目していました
グーグル・クラウド・ジャパン合同会社では開発者向けのマーケティング施策として、ハイブリッドイベント「Google Cloud Innovators Hive」やフラッグシップイベント「Google Cloud Next Tokyo」などの自社イベント開催や、サードパーティイベントへの参加を通じてサービスの認知・利用拡大に取り組んできました。一方、開発者が、Google Cloudのサービスに触れてもらうための施策はハンズオンイベントに限られ、課題に感じていたと言います。

「Google CloudのAIサービスとハッカソンの相性は良さそうで、これまでもハッカソンをしたいという声は社内にたくさんありました。ただ、きっと大変だろうという感覚もありましたね」(中さん)
そこで同社は、2024年夏に海外のハッカソンプラットフォームを用いて、AIをテーマにしたハッカソンを開催しました。参加者は400人にも上りましたが、言語の壁によるコミュニケーションコスト、日本の開発者コミュニティへのリーチの限界、そして運営プロセスの複雑さが負担になるなど海外プラットフォーム特有の課題が顕在化。エントリーはしてもらえたものの、サイトのメニュー表示やリマインドメールがいずれも英語のため、提出ができない参加者も多かったと言います。
より日本のエンジニアに参加してもらいやすいハッカソンを、日本の事業者と連携すると考えたときに想起したのが、エンジニアコミュニティで親しまれているZennでした。
「開発者向けマーケティングの新しい形を模索する中で、日本のエンジニアコミュニティで圧倒的な存在感と信頼を得ているZennに注目していました。特に、技術記事のアウトプットが、ハッカソンの成果物のアウトプットに利用できるのではと思っていました。国内プラットフォームならではの円滑なコミュニケーションと運営への期待も大きかったです」(北瀬さん)
併せて重視したのが"一体感"です。Zennは2024年秋からマーケティング支援メニューの案内を始めましたが、ハッカソンは顧客課題に応じた実施内容となるオーダーメイド型メニューのため、一体感を持って企画を進められると考えたそうです。
「プラットフォームの雰囲気という面でも、Zennユーザーは熱量が高く、Googleのカルチャーとの親和性も高い印象でした。新しい技術に挑戦したといった記事も多く、AIをテーマにしたハッカソンが合いそうだと思いました」(中さん)
2024年10月のGenerative AI Summit Tokyo '24 Fallにて、Zennの開発メンバーが登壇する機会があり、その際、北瀬さんからハッカソンに関するご相談がありました。その後、準備が迅速に進められました。
Zennチームのスピード感は「追いつけないほどでした(笑)」
同社がスポンサーとなり、AIをテーマに同社サービスの利用促進を兼ねたオンラインハッカソンを行うという、Zennチームからの提案を受けて検討を始めたものの、実際に開催できるかは不透明でした。ハッカソンは、自社イベントが行われる2025年3月までに終了させる必要があり、準備や参加者にとっての開発期間もタイトでした。集客できるか、運営がうまく行くか、提出物についても不安もあったと言います。一方で、ハッカソンの規約類はZennチームによってスピーディに整備され、クラスメソッド側で制作したハッカソンの紹介ページ(LP)も高頻度なやり取りにより、修正が重ねられ要求水準に近づいていきました。
「Zennチームのスピード感は"スーパー巻き"というか、追いつけないほどでした(笑)。2024年11月時点では、やはりこのタイミングでの開催は見送ろうかと半分あきらめていたところでしたが、規約やランディングページの準備をZennチームにグッと進めてもらえました」(中さん)
無事、LPをはじめとするハッカソンに必要な材料が揃い、2024年12月19日に参加申込を開始しました。LPでは、AIがチャットボットから、仕事を担うAgentへ進化する変革期であることに加え、ハッカソンにはサポート体制があること、新たな挑戦に適した「機会」であることを伝えました。結果、Zennとしても全く新しい取り組みながら、開始から6日間で計170人もの参加申し込みがありました。
年が明けた2025年1月14日には、スピンオフイベントとしてGoogle CloudのAIサービスに触れるハンズオンと、仲間を探している参加者のためのチームビルディングを兼ねたオフラインイベントが開催され、100人弱が会場であるクラスメソッド日比谷オフィスに来場しました。
「あの時間帯にあれだけの人数の方々にご参加いただけたのに驚きました。オフラインイベントだったので参加者の皆さまの熱量・やる気も体感しました。この人たちの熱量に応えるためには、いいハッカソンにしないといけないと背筋が伸びました」(中さん)
その後も締め切りである2025年2月7日まで、1日10人前後の申込が継続します。
「正直、締め切り間際までこれほどコンスタントに申し込みが続くとは予想していませんでした。これはZennプラットフォームの集客力と、継続的な広報活動の効果だと感じています。開発者コミュニティ内での口コミに加えて、Zennの記事やバナーを見て、新たに関心を持ってくれた方が多かったのだと思います。関心の高さが持続していることを日々実感でき、手応えを感じていました」(北瀬さん)
前回、海外プラットフォームでハッカソンを開催した際、提出条件を満たしていたプロジェクトは40件ほどだったと言います。今回提出されたプロジェクトは139件、うち条件を満たしていたプロジェクトは132件にも上りました。今回の審査対象は、サービス案を表現するZennの記事と、GitHubのリポジトリURLの2つ。記事にはサービス案の記述に加え構成図や、ピッチの代わりとなる動画の掲載が必須だったため、提出締め切りが近づくにつれ、Zennのプラットフォーム上にもAI エージェントを用いた解像度の高いサービス案が多数投稿されました。
「それぞれのレベルの高さに驚きました。単なるアイデアやプロトタイプに留まらず、実際に動作し、具体的な課題解決を目指したものが多かったです。特に、Google CloudのAIサービスが持つ多様な機能を巧みに組み合わせ、独創的なアプリケーションを開発されているプロジェクトが多く、また、Zennの記事として開発プロセスや技術的なポイントが丁寧に解説されているため、単なる成果物だけでなく、その背景にある思考や工夫まで理解でき、非常に感銘を受けました」(北瀬さん)

1次審査では139件のプロジェクトをZennチームが審査し30件に絞りこみ、2次審査では多様なバックグラウンドを持つ審査員が、各部門の受賞プロジェクトと総合部門の上位3プロジェクトを選定しました。
2025年3月13日に同社が開催した「AI Agent Summit '25 Spring」のプログラムの一つとして、ハッカソンの最終ピッチが行われました。結果、1位はAI エージェントとの対話でサプライチェーン計画を早期・高頻度に修正できる「eCOINO」、2位は学習指導要領に基づいた自動アジェンダ作成、小テスト自動生成、回答分析などを担う「Manabiya AI」、3位はチャットや議事録をデータソースにし、その週にあった出来事を新聞記事の形で生成する「社内のぞき見新聞」に決定しました。
「上位3組のピッチで印象に残っていることとしては、皆さんが我々の想像をはるかに超えるほどの準備・労力をかけてくれたと手に取るように分かるクオリティの高さです。資料も事前にみてましたが発表も『すごい』と。ピッチ内容としては、3組いずれも着眼点が異なり、企業が取り入れられそうなものもあれば、教育現場という社会課題への手当て、日々の気づきから出てきてそうな企業の課題だったりで。そして、可用性も備えていました」(中さん)
「印象深かったのは2位の発表と同時に1位に決定したeCoinoチーム。スーツでビシっとしつつも『よっしゃ!』と喜んでいたのが印象に残りました。また、提出プロジェクトはスライドの完成度、ピッチの完成度とも高いものでした。」(北瀬さん)
「コミュニティと引き合わせてくれるような形で、支援を行ってもらえました」
このハッカソンについて同社は下記の成果を感じていると言います。
1. 集客:目標を大幅に超える申し込みと提出数
2. 運営:Zennのプロフェッショナルなサポートにより、ゼロスタートだったにも関わらず、アジャイルにスピード感を持って 発表・運営が行われ、大変満足
3. 質:提出されたプロジェクトのレベルが非常に高く、Zennの記事として多くの知見が共有された
また、エンジニアの「腕試し」であるハッカソンだからこそ、得られた要素もあると言います。
「参加者のリアルなボイスや体験記は、我々にとっても貴重なものでした。Google Cloudのお客様事例など我々が発信しているものは、どうしてもサクセスストーリーが多くなります。一方、Zennでは普段から技術的な挑戦の記録が投稿されています。そうした、心理的安全性も担保されたプラットフォームでしか得られない、サービス利用のリアルな側面を垣間見ることができました」(中さん)
Zennの利用者は、業務で困った際に解決策を得ることや、技術トレンドの情報を得ること、それによってスキルを磨くことを期待して、Zennという場を訪れることが多いです。そのため、自らの課題解決に役立つ技術知見や、成長の機会となりうる要素が欠けると、Zennの利用者にとっても、スポンサーにとってもうれしくない結果になる可能性もあります。
そこで今回のハッカソンでは、Zennを普段から利用しているエンジニアのことを常に念頭に置いて、企画・運営が進められました。結果、スキルを磨いたり、挑戦する「機会」が主軸となり、併せてマーケティングの要素も備えたいわば"三方よし"のハッカソンになりました。
「Zennの運営チームが、グーグル・クラウド・ジャパンとZennのコミュニティとを融和的に引き合わせるような形で、支援を行ってもらえました」(北瀬さん)
第2回ハッカソンも開催。Zennや開発者コミュニティともさらなる協力を
AI技術の発展はさらにスピードを増しているため、同社では最新のAIサービスを用いてAI エージェントを開発する「第2回AI Agent Hackathon with Google Cloud」へのスポンサーを決定しました。2025年4月より参加申し込みの受付を開始しており、現在も、チームや個人によるAI エージェントの開発が進められています。

「前回からインスピレーションを受けた、さらにレベルの高いプロジェクトやユニークなプロジェクト、再度挑戦してくださる方々にも期待しています」(中さん)
AI技術の進化と競争が加速していますが、同社には、一社でモデルからプラットフォーム、エコシステムも備えている強みがあります。同社では「GoogleのAIで進化したクラウドが変革をさらに加速する」というミッションを新たに掲げ、日本の開発者がより手軽に、AIをサービスやシステム、アプリケーションに組み込めるように支援を進めるとともに、開発者コミュニティとの協力をさらに深めていきます。
「Zennには、引き続き日本の開発者コミュニティの中核として、質の高い技術情報のハブであり続けていただきたいと期待しています。今回のハッカソンのようなイベントは、私たちにとっても、開発者の皆様にとっても価値ある取り組みであり、今後も様々な形で協力させていただきたいです」(北瀬さん)
クラスメソッドは、今後もZennを通じてグーグル・クラウド・ジャパンのミッションの実現を引き続き支援してまいります。