旭化成ファーマ株式会社は医療用医薬品製造販売を行う、旭化成株式会社のグループ事業会社です。医薬品は病気の際にだけ一時的に飲むものもあれば、悪化させないために継続して飲み続けなければならないものもあります。そうした継続的な服用を、長期間にわたって続けていくのは容易ではありません。
旭化成および旭化成ファーマでは、DXを用いてこの課題に取り組んでいます。いかに治療継続率を高められるか、さらにいかにその仕組みを省力化して実現できるかが鍵になります。今回、そのためのPoC(概念実証)と実際のプロダクト開発に際して、開発パートナーとしてクラスメソッドを選定しました。その選定理由や工夫したポイントなどを旭化成ファーマの有吉秀行さん、旭化成の山田智徳さん、高橋慶さん、林百花さんに詳しく伺いました。
治療継続の課題
薬による治療を長期にわたり継続することは容易ではありません。しかし、継続しなければ求めていた治療結果は得られません。本案件で対象としていた治療薬は、ドラッグストアなどで市販されているものではなく医師の指示に基づいて使われる医療用医薬品となります。医療用医薬品を処方してもらうためには病院へ行く必要があり、そこにも心理的なハードルがあります。骨領域製品部の有吉さんは、治療を中断してしまうリスクを次のように語ります。
「患者さんにとって薬による治療を継続できないことは大きな問題です。忘れたからといっていきなり悪化する訳ではありませんが、忘れ続けるといつか取り返しのつかない問題につながったり、重篤化リスクが高まる恐れがあります」(有吉さん)
旭化成ファーマでは、これまで医療機関への冊子配布などを通じて治療継続の重要性や、その啓発活動を行ってきました。希望する患者さんには、郵送でのお知らせなども行っていたそうです。しかし、病気に対する正しい知識が広まらないこと、治療の継続率が高まらないことに課題感を感じていました。患者さんによっては、自分にはあまり関係ないと自己判断してしまう方もいるといいます。
「我々の解析できる範囲では、これまでの啓発活動の結果は期待したほどではありませんでした。逆に言えば、まだまだ改善の余地があると感じていました」(有吉さん)
ワークショップのアイデアを形に
そうした課題がある中で、旭化成ファーマと旭化成のデジタル共創本部とのコラボレーションがはじまったのが2022年4月頃になります。グループ内での取り組みについて、共創戦略推進部の山田さんは次のように語ります。
「デジタル共創本部ではデザイン思考やアジャイル開発を通じて、プロダクトではなく顧客中心の課題抽出という取り組みを行っています。その中で、患者さんが治療継続を断念してしまうことが多い状態を解消するために、対処すべき課題は何なのか、どのような解決策であれば効果があるのか、について、ワークショップやインタビューなどを通じて仮説立案、検証を実施し、解決策の特定を行いました。」(山田さん)
その中で出たアイデアの一つが、今回のプロジェクトにつながるリマインド電話サービスです。このアイデアを形にする上で、Amazon Connectを採用しています。
「もちろん、電話をかけるという機能だけを考えれば他のサービスでも可能です。しかし、Amazon ConnectをAWSの各サービスと組み合わせることで、データ連係やログ保存などが容易に実現できます。そうしたAWS内にある各種サービスとの連携を考えて、Amazon Connectを採用しています」(高橋さん)
パートナー選定としてコンサルティング会社をはじめ、様々な選択肢を模索したそうです。そしてAWSを利用することが大きなポイントとなって、最終的にクラスメソッドを選びました。
PoCにおけるプロトタイプ開発と評価
企画段階を経て、2022年7月にクラスメソッドと本契約を結ぶに至ります。PoCにおけるプロトタイプ開発は約3人、1ヶ月半で完了しています。この時からAmazon Connectを利用しています。Amazon DynamoDBの中に電話をかけるタイミングに関するデータがあり、それをAWS Lambdaで抽出します。その情報に基づいてAmazon SQSを呼び出し、さらにAWS LambdaからAmazon Connectを通じて実際に電話をかけます。
通常、Amazon Connectでは電話を受けるためのシステム、つまり「コールセンター構築」としての利用目的が一般的です。これに加えてAmazon Connectでは、逆に「電話を掛ける」機能もあります。たとえば、この機能を使って「電話アンケートシステム」や「お知らせ電話」などを自動・無人で実現できます。
本プロジェクトではこの「電話を掛ける」機能を活用して、電話によって患者さんへ薬による治療を促すというアイデアを実現したのが特徴です。
なお、今回依頼する上で重視したこととして、単純な請負ではなくアジャイル的に開発とフィードバックを循環させながら行っていく点を挙げています。これはプロジェクト全体を通して重視されています。そのためクラスメソッドとしても、設計やアーキテクチャについて多数提案をし、協力しながらプロトタイプ開発を進めていきました。
このPoCについては継続率という定量的結果よりも、ユーザーフィードバックという定性的な結果が良かったと有吉さんは語ります。
「利用された患者さんやそのご家族から多くの感謝の声をいただきました。これは必要な患者さんには非常に強く刺さるサービスだと実感できましたし、絶対に進めていくべきだと確信できました」(有吉さん)
プロダクト開発時の苦労
PoCから実際のプロダクトとして開発する際に最も苦労した点として、既存の社内システムとの連携を挙げています。PoCではユーザー情報をプロトタイプ内に閉じた情報として運用していましたが、実際のプロダクト開発においては既存システムとの連携が欠かせませんでした。AWSの各種サービスを活用するだけのプロトタイプと比べて、既存システムとの連携はどうしても開発のスピード感という点において課題があったとしています。
このプロダクト開発はクラスメソッド2名、旭化成社内などから4名という体制で実施されました。実際の開発は2022年9月から開始し、12月末まで続けられました。
本サービスは2023年1月に一部の方々を対象として、運用を開始しています。その中で得られたユーザーフィードバックをもとに、改善を進めていきます。
「サービス利用者を拡大しての本格的な展開は、2023年5月からとなります。実開発完了後はドキュメントやワークフロー、手順書などを整備することで、運用品質を高めています」(高橋さん)
また、旭化成社内でもDXの取り組みとして本プロジェクトは取り上げられており、社内でも注目を集めているとのことです。
スキルトランスファーの実施と評価
本プロジェクトではクラスメソッドは単なる請負開発ではなく、積極的に旭化成のエンジニアの方々に対して、スキルトランスファーを実施しています。この部分において、プロジェクトメンバーの皆さんから大きな評価をいただいています。
「プロジェクトの成功は大前提として、我々だけでは持ち得ないスキルのトランスファーや、サポートしていただいたことは大きかったと感じています。たとえば我々としては正しいと取り組んでいる事項についても、それを外部の目から評価・改善提案していただくなど、非常に学びが多い時間でした。
また、本プロジェクトでは開発するプロダクト要件の確実性は決して高くありませんでした。そのため、開発物に対するフィードバックを反映しながら進めて行く必要がありました。そうした中で、柔軟に対応してもらえたのは我々のやりたいこととマッチしていました。特に、受発注者という枠を超えて、チームの一員として取り組んでいただけたことが、良い結果につながったと感じています。」(山田さん)
「エンジニアの技術スキルはもちろんですが、提案力やコミュニケーション能力の高さも感じました。我々に寄り添い、提案してくれるだけでなく、スキルトランスファーも積極的に行ってくれたのでとても良かったです」(高橋さん)
「私はAmazon ConnectをはじめとしたAWSサービス全般に対して十分な知識がない中でのプロジェクト参加でしたが、チャットやオンラインミーティングを通じて素早くサポートしてもらえました。その結果としてサービス理解も深まり、開発がスムーズに進んだと感じています。単にやり方を教えていただくだけでなく、その後に私が一人で作業するためのアドバイスをいただけたのが良かったです」(林さん)
患者さんおよびその家族のADL・QOL改善に向けて
本サービスはまだローンチしたばかりとあって、これから利用者のフィードバックを得て改善を進めていく段階です。しかしPoCでの手応えもあり、2023年5月の本格ローンチに向けて着実に品質改善を進めています。
今後に期待する点として、利用した患者さんのADL(Activities of Daily Living: 日常生活動作)やQOL(Quality Of Life: 生活の質)が改善してほしいと有吉さんは語ります。
「お使いいただいた患者さんの病に対する不安を軽減し、使って良かったと思ってもらえるサービスにしていきたいと考えています」(有吉さん)
クラスメソッドは今後も可用性および柔軟性の高い技術サポートを提供し、旭化成および旭化成ファーマのDXを支援します。