カキ養殖は、広島県の主要産業です。従来の天然採苗では、年によって幼生の発生量にばらつきがあり、安定的な種苗確保が難しい場合があるという課題を抱えていました。
この課題解決に挑んだのが、中国電力株式会社エネルギア総合研究所です。同研究所は、AIによる画像解析技術を活用し、最適な採苗のタイミングを支援するウェブアプリ「カキNavi」を開発しました。
2025年の本格的な外部公開に向けて、電力会社として求められる厳格なセキュリティ要件のクリアと、カキの採苗時期である夏季までの構築完了という2つの難題に直面。クラスメソッドは、この要求に応えるべくAWS環境構築とセキュリティ設計を支援しました。
プロジェクトを推進された柳川敏治さん、吉崎司さん、西田有理花さんに、地域社会の課題解決に取り組む意義と、短期間での環境構築で得た知見についてお話を伺いました。
エネルギー企業が挑む地域産業のデジタル変革
中国電力エネルギア総合研究所の化学・バイオグループでは、発電所の海水取水設備における生物対策などを研究しています。2017年頃、AI技術への注目が高まる中、新たな挑戦としてウェブアプリ「カキNavi」の開発が始まりました。

2018年度から広島県の実証事業「ひろしまサンドボックス」の「スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業」に参画。東京大学、シャープ株式会社、株式会社NTTドコモ、株式会社セシルリサーチなど複数の企業・機関と連携し、中国電力は株式会社セシルリサーチと共同でAI画像検出技術の開発を担当。1,000枚以上の画像から高精度なAI検出モデルを構築しました。
2021年度からは県内4漁協での実証試験を経て、画像1枚あたり約1分でカキ幼生を検出し、結果を地図上に表示するアプリが完成。採苗作業の成功率向上に貢献しています。
外部公開サービスに求められる厳格なセキュリティ要件
実証実験の成果を踏まえ、同研究所は2025年からウェブアプリ「カキNavi」の本格展開を計画していました。しかし、実用化にあたって新たな課題が浮上します。

電力会社として求められるセキュリティ基準の高さについて、柳川さんは次のように説明します。
「どんな情報であっても、意図せず漏えいしてしまうと会社の信頼に関わります。社内基準は非常に厳格で、それをクリアすることが絶対条件でした」(柳川さん)
さらに、プロジェクトには厳しい時間的制約もありました。
「カキの採苗は夏に行います。漁業者の方々に最適なタイミングでサービスを提供するため、遅くても7月初旬までの本番稼働が必須条件でした」(西田さん)
実際、実証実験でベータ版を利用していた漁業者からは「理想は6月中旬には使いたい」という要望も寄せられていました。
「1年先送りになると、せっかく『継続して使いたい』と言ってくださる漁業者の方々が離れてしまう。継続利用してもらいながら徐々に利用者を増やしていくことが重要でした」(柳川さん)
こうした中、同研究所は2025年3月にクラスメソッドへ相談。4月のキックオフから7月初旬の本番稼働まで、わずか3カ月という短期間での環境構築が求められました。

相談を受けたクラスメソッドは、3月中に提案書を提出しました。中国電力の要件を満たしつつ、運用負担を軽減する構成を提案。この提案内容が中国電力のニーズに合致し、4月からのプロジェクト開始が決定しました。
クラスメソッドを選定した決め手について、西田さんは次のように語ります。
「構築だけでなく、その後の運用まで含めて一緒に見ていただけるところが大きかったです。長期的な視点でサポートいただけることが決め手になりました」(西田さん)。
スピードと品質を両立させた協働プロジェクト
プロジェクトは、中国電力、中国電力グループのシステム会社である株式会社エネコム、そしてクラスメソッドの3社体制で進められることになりました。
プロジェクトは週次の会議とBacklogを活用し、3社間で密なコミュニケーションを維持。技術的な選択が必要な場面では、クラスメソッドが複数の選択肢を提示し、それぞれのメリット・デメリットを丁寧に説明するアプローチを心がけました。

「技術的な選択肢が複数ある場面では、推奨案を示してもらいながら、『なぜその選択が良いのか』を理解できるよう説明してもらいました。疑問点も都度質問でき、納得して意思決定できたことが安心感につながりました」(西田さん)
このほか、セキュリティ対策の要となるIPS/IDS(侵入防御・検知システム)については、運用の容易さやAWSでの豊富な導入実績を評価してトレンドマイクロ製品の採用を決定しました。これにより、インターネットからの通信保護、サーバーセキュリティ、常時監視体制など、外部公開サービスに必要な要素を包括的に実装。電力会社が求めるセキュリティ基準を満たす環境を構築しました。
プロジェクトの進捗について、吉崎さんは当時の印象を振り返ります。
「正直に言うと、発注する側としても本当に間に合うのか心配していました。しかし実際には想定以上にスムーズに進行し、予定より早く環境構築が完了しました。クラスメソッドの的確な進行管理があってこそだと感じています」(吉崎さん)
社内セキュリティ審査に向けて、クラスメソッドは資料作成を全面的にサポート。各セキュリティ要件に対する具体的な対策を整理し、情報部門への説明を支援しました。
「セキュリティ要件ごとに『この項目にはこういう対策を実施しています』という形で整理された資料のおかげで、情報部門への説明がスムーズに進みました。技術的な内容を分かりやすく可視化されたことが、承認取得の大きな助けになりました」(西田さん)
この綿密な準備が功を奏し、6月に実施されたセキュリティ審査では指摘事項は軽微なものにとどまり、即日対応で無事承認を取得。その後、アプリケーション側の総合テストも順調に進み、当初の目標であった7月初旬を上回る6月中旬でのリリースを実現しました。
予定を上回るスピードで実現した本番稼働と今後の展望
4月のキックオフから6月中旬まで、わずか2カ月半で環境構築が完了。当初予定していた3カ月を短縮できたのは、3社の緊密な連携があってこそでした。
「作業場所まで船で行って、重労働の採苗作業をしたのに採れなかったというのが漁業者さんにとって一番つらいこと。その成功率を高めるツールを確実に届けられたことが、何よりうれしかったです」(柳川さん)
現在、ウェブアプリ「カキNavi」は広島県内の漁業者を中心に利用が広がり、宮城県や岡山県でも導入が進んでいます。採苗作業の効率化により、1〜2日の作業短縮と成功率向上を実現。漁業者からは「もうこれがないと作業がうまくいかない」という声も寄せられています。
将来的には、AI技術を活用した幼生発生予測機能の追加なども考えられます。蓄積されたデータを活用することで、さらに高度な採苗支援が可能になると期待されています。
「今回の経験で、外部向けサービスを構築する際の勘所がつかめました。エネルギー企業として、地域産業のDX推進にさらに貢献していきたいです」(西田さん)
運用保守は、クラスメソッドグループのアノテーション株式会社とエネコムが連携して担当。安定的な運用体制も確立されました。
広島県の実証事業「ひろしまサンドボックス」から生まれ、産学連携で開発されたウェブアプリ「カキNavi」。クラスメソッドは、その本格的な外部公開に向けたAWS環境構築とセキュリティ基盤の整備を支援しました。地域の基幹産業を支える新たなデジタルインフラとして、今後もさらなる進化を続けていきます。