次世代の計算技術として世界中で研究開発が加速する量子コンピュータ。従来のコンピュータとは異なり、量子力学的な性質を利用する「量子ビット(Qubit)」を用いることで、特定のアルゴリズムにおいて圧倒的な計算能力を発揮する可能性を秘めています。この未来技術を社会で役立てるためには、ハードウェアであるQPU(量子処理装置)の開発とともに、その力を引き出すための「量子ソフトウェア」の開発、そしてそれらを使いこなすエコシステムの構築が不可欠です。
この量子ソフトウェア分野において、日本における産学連携のハブとして活動を牽引しているのが、大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)を拠点とする「量子ソフトウェア研究拠点(QSRH)」です。本稿では、QSRHの活動について、QIQBの研究員でありQSRHの活動にも深く携わる宮永さんに、ブログ開設の狙いとともに伺いました。
量子技術の社会実装を担うプラットフォーム「QSRH」
QIQBでは多角的な量子研究を展開しており、その一環として、産学共創の場である「QSRH」の取り組みを推進しています。
量子ソフトウェア研究拠点(QSRH)は、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の一環として設立された広範な産学連携コンソーシアムです。QIQBを中心に、他大学、公的研究機関、そして多数の民間企業が参画しています。
QSRHが掲げる最大の目標は、量子コンピュータの「社会実装」です。具体的には、以下の三つの柱を推進しています。
① 国内外の様々なQPUをシームレスに利用できる開発プラットフォームの構築
② 金融や化学などの社会課題を解決するアプリケーション基盤の確立
③ 産業利用の促進と、次世代の量子人材の育成
「大学だけではアルゴリズム研究に偏りがちですが、社会実装には実用上の課題解決が不可欠です。QSRHというプラットフォームがあるからこそ、多様なプレイヤーの知見を集約し、社会に近い形での共同開発が可能になります」(宮永さん、以下同)
ブログ発信で「エンジニアコミュニティ」との接点を作る
QSRHは新たな取り組みとして、技術ブログによる積極的な情報発信を開始しました。そこには、産学連携を加速させるための戦略的な狙いがあります。
量子ソフトウェア開発における大きな壁は「人材不足」です。物理学者だけでなく、システムを構築するソフトウェアエンジニアの力が不可欠ですが、専門性の高さから心理的なハードルが高いのが現状です。 この状況を打破するため、QSRHはエンジニアに親和性の高い技術情報共有プラットフォームでの発信を選択しました。目的は主に三つです。
第一に、QSRHの活動や開発成果を可視化する「情報発信」。第二に、技術的な背景を丁寧に解説することで正しい理解を促す「正確な情報の提供」。そして第三が、「人材の獲得と裾野の拡大」です。
「量子ソフトウェアとは何か、我々がQSRHで何を目指しているのかを等身大の言葉で伝えたいと考えました。プレスリリースだけでは届かない現役エンジニアの方々にアウトリーチし、参入へのハードルを下げることが狙いです」
この試みは、既に学外研究者との交流や、共同研究先とのコミュニケーションの円滑化といった成果を生み始めています。
多様なスキルが活きる「量子ソフトウェア」の多層構造
QSRHが取り組む量子ソフトウェアの領域は、以下の3つの階層に分かれており、ITエンジニアが活躍できるフィールドが広がっています。
- フロントエンド/クラウド層:ユーザーがPython等のSDKを使い計算ジョブを投げる領域。一般的なWeb開発やAPI設計のスキルが直結します。
- ミドルウェア層:ユーザーの命令を物理ハードウェアに最適化して伝える「翻訳機」。コンパイラ技術やアルゴリズム最適化の知見が求められます。QIQBが開発する「OQTOPUS」もここに含まれます。
- 制御層:物理的な信号(マイクロ波等)でQPUを直接動かす層。特に上位の層では、量子の専門知識がなくても、既存のソフトウェア工学のスキルを活かして即戦力として活躍しているエンジニアが多数います。
産学の力を結集し、量子技術のエコシステムを日本に
QSRHが最終的に目指すのは、量子技術を支えるエコシステムそのものを日本に構築することです。
「QSRHに参画する企業の方々も、それぞれ固有の課題感を持っています。それらに対するアプローチや知見がブログを通じて発信されることで、量子技術のコミュニティがより厚みを増していくことを期待しています」
QSRHは、技術ブログという窓口を通じて、研究者・エンジニア・企業が一体となって未来を創る場を広げ続けていきます。


