スターバックス コーヒー ジャパンは、エスプレッソを主体とする“シアトル系”スタイルのコーヒーストアチェーンです。2020年9月末現在、国内には1,600店舗(うちライセンス店舗136店舗)を構え、多くのファンがコーヒーを楽しんでいます。
クラスメソッドは2014年からAWS、モバイルアプリ、データ分析などさまざまな分野で全社的にスターバックスを技術支援しています。近年では2019年4月、会員登録なしで利用できるLINEアプリのバックエンドサービス開発に携わり、ライトユーザーへの接点拡大に貢献。同年6月にサービスインした会員向けサービス「Mobile Order & Pay」(モバイルオーダー&ペイ)ではアプリでの注文・決済の実装を担当。2020年の世界的なコロナ禍によってソーシャルディスタンスが求められる中、時流を先取りした取り組みとしても注目されています。
マーケティングの要望とファンニーズを的確に捉え、新プラットフォームや新機能リリースを行うスターバックスのシステム開発について荒木さんに詳しくお話を伺いました。
オンプレミスでは応えきれないファンのニーズ
スターバックスは2011年ごろからデジタルマーケティングプラットフォーム実現の強化に着手をしました。しかし、ITベンダーに発注して開発されたオンプレミスのシステムは、会員宛に発信した情報による膨大なアクセスが課題となりました。SNSの普及やリッチコンテンツへのニーズの高まりなども影響し、インフラがその負荷に耐えられないほどだったと言います。
2014年、同社はグローバルで導入実績が多く、オンデマンドで安価に利用できるAmazon Web Services(AWS)の導入を決めました。しかし、ITベンダーのサポートを受けて、まずはフロントエンド部分のみAWSへ移行してみたものの、管理の手間が小さくならない問題に直面します。IT環境の変化でユーザーの期待もどんどん変化する中で、システムには抜本的な改革が必要でした。2011年から蓄積したユーザー情報の活用方法を含め、バックエンドから検討し直すべきだと気づいたのです。
スターバックスでは、すでにビッグデータとなっているユーザーデータベースの活用方法を含めて、AWSの適用範囲を強化したいと考えました。そのためは、単にAWSをよく知る“御用聞き”ではなく、自社のビジネスニーズを理解してくれるベンダーが必要でした。そして、さまざまな観点から調査したり、評判を集めたりした結果、クラスメソッドを選定しました。
AWSをマーケティングプラットフォームへ
スターバックスが求めたのは「クラウドの活用で自分たちの仕事のスタイルを変えたい」ということでした。マルチベンダー、マイクロサービス、アジャイル方式。スピード感をもって新しいサービスをいちはやくユーザーに提供をする、すべてのサービス開発に携わる社内外の複数のチームが協力し、一緒に作り上げていきたいという思いがありました。そこでクラスメソッドは、AWS上に既に構築されていたさまざまなサービスを、効率的かつ柔軟に全体管理する体制づくりに着手しました。当時外部委託することが当たり前だったシステム監視サービスの運用を受託するのではなく、自社スタッフに対してクラスメソッドのエンジニアがハンズオントレーニングを実施しました。以降今まで運用の変化やユーザー動向に合わせて自社でチューニングをしています。
次に手がけたのが、モバイルアプリです。スターバックス カードをより便利に活用できる仕組みとして、iOS / Android端末から利用できるようにしました。クラスメソッドはこのプロジェクトで各OSとサーバサイドの3チーム体制でアプリをフルスクラッチ開発。スケーラビリティに工夫を凝らし、ご利用いただくお客様からアクセスが集中しても稼働を続けられるシステムとなりました。
さらに同社は、スターバックス本国と日本とで共同推進したロイヤルティ・プログラム「スターバックス®リワード」を導入するために本社の厳しいセキュリティ・ガバナンスへの準拠を求められました。AWSマネージドサービスの設定や利用方法の細部まで、開発・運用をするすべての担当者が協力して定期的に見直し・改善できる体制をクラスメソッドがサポートしています。
そして2017年末、デジタルマーケティングプラットフォーム企画が出発したすぐあと、クラスメソッドに相談をするきっかけとなったビッグデータ分析基盤の刷新を行いました。カスタマーサービスの「エンジン」とも言えるユーザーデータは、クラスメソッドのサポートを受けながら新たに最適化され、先端技術を採り入れながらユーザーの一人ひとりに最適したサービスを提供するために活用し、体験価値を向上しています。
多様なユーザーニーズに対応する第一歩、LINEスターバックスカード導入
2018年12月、スターバックスとLINE株式会社は、デジタル領域におけるイノベーションの加速化を目的に包括的な業務提携を発表、まず公式アカウントでのファンとのコミュニケーションをスタート。その翌月には、約半年の開発期間を経て開発された「LINE スターバックス カード」がサービスインしました。
スターバックス カードは、キャッシュレスで快適にスターバックスを利用できるリチャージブルのプリペイドカードです。すでに公式モバイルアプリにも実装され、たくさんのファンが利用しています。「LINE スターバックス カード」は、LINEプラットフォーム上で動作する特別なもので、LINEユーザーに適した新しい体験提供を実現するためには、根本的な既存仕様の変更が必要となりました。
スターバックスはマイクロサービスアーキテクチャを採用し、クラスメソッドだけでなく複数の開発ベンダーがそれぞれのサービスの開発運用を担当する方式をとっています。このサービスも、全体のアーキテクチャ設計や方針決定をスターバックスのテクノロジー部門が、LINE上のUI設計と実装をLINEが、モバイルアプリの実装を担当したクラスメソッドがバックエンド全般、決済サービスなどはまた異なるベンダーが担当、といったように、複数の開発チームが参画をして開発が進みました。
「スターバックスは利用するが、アプリをダウンロードしたり、スターバックスカードを作ったりする程ではない」というライトユーザーに、日ごろ使い慣れているLINE経由で簡単にスターバックスカードを利用できるというすそ野を広げた結果、サービス開始から2.5ヶ月で 新規発行は100万枚を突破しました。
LINE公式アカウントも、2020年9月現在で“お友達”登録ユーザーは700万です。公式アカウントには「LINE スターバックス カード」以外にも複数のサービスを実装、特に「お気に入りの一杯を見つけよう」というメニューは、既存の人気WebコンテンツをLINEユーザー向けにUI/UXを設計しなおしたもので、好評を得ています。「自分だけのカスタマイズ」を楽しむファンにとって、ビジュアルを交えてカスタマイズの仕方やドリンクの説明がトーク画面で確認できるため、一層カスタマイズを楽しむファンが増えたとのことです。
「Mobile Order & Pay」は柔軟性に対する覚悟を求められたアジャイル開発で
LINEアプリと並行して開発され、2019年6月から東京都内56店舗で始めた「Mobile Order & Pay(以下、MOP)」サービスは、スターバックス公式モバイルアプリから利用できる、会員向け事前オーダー&決済サービスです。既に複数の国のスターバックスで同様のサービスが導入されていたため、どのサービス設計がポイントになりそうか、実際に起こったトラブルは何だったのか、具体例をもとに社内でナレッジを事前に分析することができました。日本市場に展開するためのシミュレーションを繰り返し、優先すべき機能、他国にはない独自機能などが検討されていきました。
「LINE スターバックス カード」プロジェクトでも部分的に取り入れましたが、このプロジェクトで本格的にアジャイル開発手法を採用しました。週1回のウォークスルーと振り返りの中で、開発機能以外にも、サービスインに関わる課題の洗い出しや運用設計もそこで繰り返し検討されました。全員で考え走る、真剣勝負のアジャイル開発となりました。
初期リリース時には、持ち帰りのみ対応、注文できるメニューやカスタマイズは代表的なものに限定していました。コアなファンや店舗パートナーからは、次々とサービスに対する要望があがり、その声に応えるため、2019年末には店内注文が可能になり、2020年3月からはドライブスルーレーンでの注文も実証実験を開始しました。同9月には、さらに気軽にこのサービスを楽しんでもらえるよう、一般的なブラウザで表示できるWebアプリケーションをリリースしています。このほか、カスタマイズの種類を段階的に増やしたことにより、カスタマイズ率が店頭での注文より増加するなどの効果も出てきました。MOPは現在国内1,300店舗以上での利用が可能となっています。ある意味で、リリース後はファンも巻き込んだ形でのアジャイル開発を継続していきました。
公式アプリにInbox機能追加
クラスメソッドの支援のもと、公式モバイルアプリにはリリース以来途切れること無く、毎月のように機能追加をしています。2020年9月に追加されたのは「Inbox」機能です。キャンペーンの案内はプッシュ通知やメールで送られていましたが、より利便性を高めるべく実装された、アプリ内のメールボックス機能です。今後はパーソナライズされた情報も通知される予定です。
コロナ禍を経て益々多様化した、ラストワンマイルを繋ぐサービスを模索し続ける
2020年春、コロナ禍の政府から緊急事態宣言を受け、一部のスターバックスの店舗も休業をしました。解除後の営業再開に当たってはTwitterのトレンドにも入るなど、ファンの期待と熱意は大きなものでした。
宣言解除後は持ち帰りの需要が伸びています。これまでのように「並んで買う」よりも、便利で安心、時間を短縮できることなどから、MOPをご利用いただく方も増えているとのこと。
「コロナ禍を経て、お客様の好むデジタルプラットフォーム・サービスはどんどん多様化してくると予想しています。どのようなプラットフォーム上でもスターバックスを楽しんでいただきたい、そのためにもさまざまなニーズのお客様に対してデジタルの間口を広げ、そこから、スターバックスならではのコア・サービスにアクセスしていただきたいと考えています」(荒木さん)
ビジネスの期待に応えるクラスメソッド
スターバックスにとって、システムの完成はゴールではありません。重要なことは、システムが完成したあとに何をすべきかという点でした。だからこそ、言われたことだけをこなす“御用聞き”では不十分だったのです。仮にあいまいな表現や思いであっても、しっかりとビジネスから理解してくれる“パートナー”が必要でした。それにしっかり応えたのがクラスメソッドでした。
また、スターバックスはさまざまなパートナーと連携して、サービスを作り上げるのに長けた企業です。特に見習いたいのは、パートナー企業を信頼して、できるだけ情報をオープンにしている点です。これからやらなければならないこと、やりたいことを広く伝えて、実現する方法をいっしょに検討してほしいと考えているためです。例えば、四半期ごとにパートナー各社との共同セミナーを開催し、施策の結果がどうなったか、問題はどこかといったことを徹底的に議論し、パートナーの理解を深めます。
クラスメソッドは、この数年にわたり、プラットフォームの担当として個々のプロジェクトを支える役割も担いました。スターバックスのビジネスに対する理解を深め、開発会社という枠を超え、新しい開発に対して前向きなチャレンジ、提案やアドバイスを積極的に行ってきました。必要とあれば他社と積極的に協力したり、他社を推薦したりすることもあります。スターバックスは、そうしたクラスメソッドの柔軟性・迅速性を高く評価しています。
また、いずれのエンジニアもAWSに関する高い知見を持っていること、高レベルのアドバイスを惜しみなく提供したこと、AWS以外の領域にも造詣が深いことなど、組織だけでなく個々の能力の高さもスターバックスからの評価につながっています。
ほかにない新しいサービスをいっしょに作ってほしい
スターバックスでは、ビッグデータ分析基盤を中核としたマーケティングプラットフォームの構築を続けています。まずは必要な機能を揃えて、ニーズに合わせて進化させていくアジャイル形式の開発を続ける予定です。この構築と進化の課程においても、引き続きクラスメソッドが強力なサポートを提供していきます。
また同社では、将来に向けて、より幅広いカスタマーサービスを展開していく予定です。コーヒーなどの飲食物を楽しむだけでなく、スターバックスでなければ体験できないサービスを作りたいと考えています。
同様に、パートナー企業には、“スターバックスでなければ体験できない開発”を経験してほしいと考えています。ほかに類を見ない、先進的な仕組みを、クラスメソッドにもいっしょに考えてほしいと強く願っているとのことです。
クラスメソッドでは、この強い期待に応えて、今後もサービス品質の向上に努めて強力に支援し、“クラスメソッドでなければできないサービス”をスターバックスファンに提供していきたいと考えています。