福島県を放送エリアとするテレビ朝日系列の放送局である、株式会社福島放送。同社はニュース番組映像をもとにしたWebでのニュース記事配信の効率化のため、生成AIを活用した制作支援機能を構築しました。AWSとOBS Studio、生成AIを組み合わせた現実的な構成により、コストを抑えながら、ニュース記事作成業務の効率化と、地方放送局におけるAI活用の第一歩を実現しています。導入の過程から現在の運用状況、今後の展望まで、同社技術局技術部兼デジタル推進室の会田さん、本田さんにお話を伺いしました。
生成AIでニュース記事配信業務の効率化へ
福島県全域にニュースを届ける福島放送にとって、WebやSNSを通じた情報発信は、放送と並ぶ重要な接点となっています。そんな中、同社は、2026年6月にニュース記事配信システムの大規模なリプレースを計画しています。既存のシステムは導入から5年が経過しており、オンプレミス環境特有のハードウェアの老朽化が深刻な課題となっていました。特に、データの保存先であるNASの不調によってシステムが停止する事態が散見されるようになるなど、ハードウェアの更新はもはや避けて通れない状態にありました。
システム刷新を前に、福島放送が着目したのは、記事配信前の素材作成業務です。ニュース記事は放送したニュース映像をもとに作成しますが、その舞台裏では、素材を準備して記事配信システムに登録する作業が、人の手に大きく依存していました。
「ニュース記事配信の仕組み自体は以前からありましたが、配信用の素材を作る部分は完全に手動でした。ニュース番組の録画素材を切り出して記事を編集し、原稿やサムネイルを組み合わせて配信システムに入れ込むという一連の流れが、現場の大きな負担になっていたのです」(会田さん)
状況をさらに難しくしていたのが、人的リソースの制約です。
「担当者は主業務の合間にニュース配信を行っていました。リアルタイム性の求められるニュース配信を主業務と並行して行うことは、担当者にとっても精神的な負担が大きく、なんとかしてほしいという相談が以前から寄せられていました」(本田さん)
担当者は、放送事故に直結しかねない原稿や素材のチェックという重責を担いながら、その合間を縫ってWeb配信用の素材を準備する必要がありました。素材の準備を効率化することで、新システムの稼働後の現場の負荷を軽減し、無理なく安定して運用できる体制を整える。それが今回のプロジェクトの大きな目的でした。
パートナー選びにおいて重視されたのは、AWSへの深い知見と、放送業界の特殊性を理解できる確かな技術力です。AWS主催のウェビナーを通じてクラスメソッドの名を知った会田さんは、以前からクラスメソッドの技術ブログを目にしていたことに気づいたと言います。
「AWSのご担当者様から紹介された際、以前から個人的に情報を集める中でよく見ていた技術ブログ『DevelopersIO』やエンジニア向けコミュニティサイトの『Zenn』で、クラスメソッドのロゴを見慣れていたことを思い出しました。技術力の高さや実績についてはそれらの情報発信から実感していましたので、迷わずご相談しました」(会田さん)
クラスメソッドは、6月に控えたシステム本体のリプレースを支えるための支援機能として、AIを活用した新しい制作支援フローを提案しました。
コストと運用性を両立するシステム構成へ
まずは記事配信用の素材を生成するための材料として、放送したニュース番組の映像をMP4ファイル化してAmazon S3に保存する必要がありました。プロジェクトの初期段階ではハードウェアエンコーダーデバイス「AWS Elemental Link」を活用したシステム構築を構想していました。福島放送はライブ配信事業などの別プロジェクトで既に同デバイスを運用した実績があり、その利便性を熟知していたからです。
しかし、クラスメソッドが技術的な調査を進める中で、いくつかの懸念点が浮き彫りになりました。当時、既存のHD対応デバイスが販売終了に向かっており、後継となるUHD対応デバイスも福島放送の想定予算に対してコスト面でのハードルが高かったのです。そこでクラスメソッドは、専用デバイスによる常時配信にこだわらず、汎用的なツールとクラウドの処理を組み合わせた4つの構成案を提示しました。
- 案1:AWS Elemental Linkを使用(初期構想)
- 案2:OBS Studioにより24時間365日映像を送信
- 案3:OBS Studioにより指定時刻のみ映像を送信
- 案4:OBS Studioによりローカルに映像を録画
この中から福島放送が選んだのは、最もコストパフォーマンスに優れ、かつ運用がシンプルな「案4」でした。これは、リアルタイムで映像を送信し続ける必要がないという業務特性を活かし、無料の配信ソフトウェアであるOBS Studioを活用して指定時刻の映像のみをローカルPCに録画保存し、終了後にそのMP4ファイルをAmazon S3へ直接アップロードする仕組みです。この工夫により、MediaLiveなどの利用を前提とする構成に比べ、コストを当初想定(案1)の10分の1から20分の1程度にまで抑えることができました。
「上から提案内容を検討していって、4番目の案を見た瞬間に『これしかない』と即決でした。私たちのアイデアを単に受け入れるのではなく、より良い方向へ正していただくような提案をいただき、技術的な不安を感じることなく安心してお任せすることができました」(会田さん)
さらに、その次の工程であるアップロードされた動画を処理するフローについても、生成AIを最大限に活用したPoC(概念実証)を実施しました。具体的な処理フローは以下の通りです。
- ニュース単位への自動切り出し:1番組が1ファイルとなっているMP4動画から、AIが内容を解析し、ニュース項目ごとに自動で映像を分割
- 音声認識による文字起こし:切り出された各動画の音声をテキスト化
- 生成AIによる原稿整形:文字起こしされたテキストをもとに、Web配信用のタイトルや本文の作成を支援
- サムネイル候補の抽出:映像の中から、ニュース内容を伝えるうえで適したフレームを抽出
これらの処理を経て、「動画クリップ」「原稿」「サムネイル」がセットになったアウトプットが自動的に生成されます。この高度な自動化プロセスにより、担当者が手作業で行っていた切り出しや文字起こし、記事の構成といった作業の負担が大きく軽減されました。
「エンジニアの方々が非常にスペシャリスト揃いで、私たちのアイデアに対して、コストや将来性を踏まえた的確なアドバイスをいただきました。プロジェクトの進め方も、Backlogというツールを使って非常にシンプルに進み、課題解決がスムーズでやりやすかったです。私たちは電話でのやり取りが多い業界ですが、本プロジェクトのチャットベースでのやり取りは非常に効率的でした」(会田さん)
地方放送局におけるAI活用の広がり
2026年4月から実運用が始まったこの制作支援システムは、福島放送のニュース記事配信業務に確かな変化をもたらしています。特に、番組内の不規則なタイミングで流れるニュースをAIが解析して分割する精度の高さは、会田さんたちを驚かせました。
「正直なところ期待以上でした。前後1秒程度の手直しは必要になると想定していましたが、最初に出てきたアウトプットの時点で、かなりきれいに切り出されていたんです。早い段階で運用に耐えうる精度が見えたので、心配せずに開発をお願いすることができました」(会田さん)
また、AIが生成したテキストの中から人名や地名などの固有名詞を抽出し、メール通知で「アテンション(注意喚起)」を表示する機能も、現場の安心感を支えています。
「AIが出した原稿は人間の最終チェックが不可欠です。その際、どこを重点的に見るべきかが一目で分かるアテンション機能は非常に助かっています。担当者も『ここを見れば大丈夫』という指標があることで、確認作業の負担軽減につながりました。プロジェクト中にいただいた提案の中でも、特に現場のニーズを汲み取った内容だと感じています」(本田さん)
システム導入後、テキストで完結する記事だけでなく、動画付きニュースの配信本数も増加傾向にあります。これまで1人の担当者が手作業に費やしていた時間が削減されたことで、組織としてより柔軟にリソースを配分できるようになったためです。
「担当者からは『すごいですね、こんなことができるんですね』と驚きの声が上がっています。今までやっていた動画を一生懸命切り出す作業が不要になったことは、現場にとってメリットしかありません。今回の取り組みを成功事例として、今後も社内で効率化を横展開していきたいと考えています」(本田さん)
今回のプロジェクトを通じて、福島放送内ではAWSやAIの利用に対する心理的ハードルが大きく下がりました。しかし、会田さんと本田さんは、AIがすべてを代替するとは考えていません。地域の出来事をどう受け止め、どのような熱量で伝えるのか。その判断や姿勢にこそ、地方放送局としての価値があると考えているからです。
「放送業界も人手不足が課題ですが、すべてをAIで置き換えることはできません。人が減った分をAIで補い、空いた時間で別のことをしましょうという姿勢が大事です。AIを魔法の箱として使うのではなく、私たちの業務をフォローしてくれるパートナーとして付き合っていくのが、一番良い形なのではないでしょうか」(会田さん)
「地元の放送局として、地域の熱量を届けることはAIには代替できない仕事です。その熱量を守り続けるために、AIをうまく使いこなしていきたいと考えています。今回の案件でクラスメソッドさんの高い技術力を知ることができたので、今後はより深く、難しい課題の解決もお願いできるという期待感を持っています。一緒に業務効率化を目指していければうれしいです」(本田さん)
2026年6月のシステムリプレースを控え、福島放送とクラスメソッドが共に歩んだこのDXの一歩は、福島の「今」をより速く、より深く届けるための、確かな基盤となりました。人間の情熱を支える道具としてテクノロジーを取り入れる福島放送の挑戦は、これからも続いていきます。


