世界30カ国以上で事業を展開するヤマハ発動機株式会社。同社は10年以上前からAWSを採用し、クラウドの活用領域を広げてきた先進的な企業です。しかし、利用が拡大するほどに全社的な統制の課題が顕在化。2025年3月、クラウドの全社統制を担うCCoE(Cloud Center of Excellence)を立ち上げ、クラスメソッドが伴走支援を開始しました。EA基盤推進部 部長の横田さんと、CCoEリーダーの池本さんにお話をうかがいます。
クラウド先進企業が直面した「統制不在」の壁
ヤマハ発動機のクラウド活用の歴史は長く、2014年にはAmazon WorkSpacesによる仮想デスクトップ環境を全社に導入。以降もAWS上での開発環境やWebサイトの構築を進め、活用領域は年々広がっていきました。
しかし、それと同時に社内のIT基盤は複雑さを増していきます。もともと本社構内にあった物理サーバを横浜や浜松の外部データセンターへ移し、仮想基盤へ集約。さらにAWSも加わったことで、オンプレミス、仮想基盤、クラウドが併存する状態に。環境が増えるほど運用コストは膨らみ、管理の負荷が増していました。
加えて、横浜データセンターからの撤退計画が具体化し、多数の既存システムをAWSへ移行する必要が生じます。しかし当時、移行先のAWSをどんなルールで使うのか、誰が判断し誰が責任を持つのかという全社共通の方針は存在していませんでした。コンサルティングファームの支援を受けてCCoEの活動計画は策定されていたものの、いざ実行に移す段階で停滞。CCoEの立ち上げは同社にとって初めての挑戦であり、技術面も人材面も十分とはいえない中、当時のリーダーがほぼひとりで推進する状況が続いていました。
「IT子会社であるヤマハモーターソリューションのメンバーも含めて、グループ一体で推進していく体制が不可欠でした」と横田さんは振り返ります。計画を形にしていくために、技術力を持ち、その体制の中に入って一緒に動けるパートナーが求められていたのです。
「一緒に走れるパートナー」を選ぶ
クラスメソッドとヤマハ発動機の接点は、CCoE以前に遡ります。データ基盤領域での支援実績がすでにあり、その中で信頼関係が生まれていました。CCoE支援のパートナー選定にあたっては、複数社からの提案を受けています。横田さんは、選定を現場に委ねる判断をしました。
「社内のCCoEメンバーが一緒に活動して、成功できるパートナーはどちらか。その視点で選んでほしいと依頼しました」(横田さん)
クラスメソッドの提案は、自社が蓄積してきたクラウド運営のナレッジをベースにしつつも、それをそのまま当てはめるのではなく、ヤマハ発動機の文化や状況にあわせて伴走するというスタイル。加えて、週次で磐田まで足を運ぶ現地訪問体制も提示していました。
CCoEの運営では、技術的な正解を外部から受け取るだけでは社内に根付きません。自分たちで考え、判断し、方針を決めていく力が求められます。当時の選定経緯を社内で引き継いでいる池本さんは、その点でクラスメソッドの姿勢に大きな価値を感じているといいます。
「技術的な答えを出してくれる会社は多いと思います。でもクラスメソッドは、答えそのものではなく、どう考え、どう整理すればいいかという部分から一緒に走ってくれる。そこが一番大きいですね」(池本さん)
「何を作るか」ではなく「何を決めるか」から始めた
2025年3月、クラスメソッドの支援が始まりました。最初に取り組んだのは、技術的な環境構築でも、詳細なルール策定でもありません。「クラウドをどこまで自由に使っていいのか」「誰が判断し、誰が責任を持つのか」——まず、それが決まらなければ何も前に進められない。その整理から着手しました。
クラスメソッドのCCoE支援チームは毎週磐田を訪問し、対面で議論を重ねていきます。大企業ならではのステークホルダーの多さに加え、IT子会社であるヤマハモーターソリューションとの連携も不可欠な中、オンラインだけでは拾いきれない細やかなすり合わせが求められました。隙間時間を使ったちょっとした相談や、会議室の外で生まれる雑談。物理的に同じ場所にいることで、チームとしての信頼関係が着実に育っていきました。
その上で、課題管理ツールのJiraで課題を可視化し、1つずつ優先順位をつけていきます。ただし、Jiraの運用自体も最初からうまく回ったわけではありません。チケットの書き方が人によって違う、ステータスの意味が曖昧といった典型的な課題に直面しました。そこで、Jiraは「課題とその判断履歴」を残す場所、ナレッジ共有ツールのConfluenceは「考え方と結論」を残す場所と役割を明確に分け、記入のテンプレートを整備することで、迷わず使える運用へと改善しています。
最初から完璧なルールを目指すのではなく、「今決めるべきこと」と「あとで決めればいいこと」を切り分ける。この進め方がスピードと合意形成の両立につながりました。
その成果の1つが、環境方針書の策定と展開です。方針書は「禁止事項を並べる」のではなく「判断の前提条件を示す」という設計思想で作られました。全社に展開する際には各部門から意見を募り、寄せられた指摘の98%に対して文言修正や注釈追加などの形で反映。残り2%は特定システム固有の要件であり、個別相談で対応しています。
寄せられたのは、用語の解釈が揺れそうだという指摘や、セキュリティ要件が抽象的すぎる、あるいは逆に厳しすぎるといった、実務に踏み込んだ内容が大半でした。裏を返せば、それだけ現場が方針書の中身を真剣に読み込んだということでもあります。「現場を縛るためのルールではなく、自分たちが判断に使えるもの。そういう共通認識を作れたのは大きかったと思います」(池本さん)
並行して、技術相談窓口の設置や社内勉強会の開催など、CCoEの認知を広げる活動も進めていきます。中でも象徴的だったのが、社内技術展への出展でした。
展示のねらいは、技術そのものをアピールすることではありません。AIチャットのデモを通じて、「探す前にまず聞いてみる」という新しい情報アクセスの形を提示するとともに、社内のクラウド利用者が、社内の多くのルールや方針に沿った回答を得られること、またシステム構成図をもとに設計が方針を順守しているかを判断できることを体感してもらうことを目的としました。
この取り組みは、CCoEが単なる相談窓口ではなく、ルールと方針を現場で活かせる形に整理し、実務判断を支援する組織であることを社内に示す、象徴的な機会となりました。
AWSからマルチクラウドへ──広がる統制の範囲
支援開始から1年。方針書の全社展開、技術相談窓口の運営、社内技術展への出展と、CCoEの活動は着実に形になっていきました。横田さんはその変化をこう評価します。
「以前は、方針の方向性について私自身が逐一確認し、軌道修正する場面が少なくありませんでした。クラスメソッドの支援が始まってからは、現場が自ら判断して進められるようになり、そうした場面は大きく減りました」(横田さん)
上層部からの急なコスト最適化要請に対して、迅速に対応し成果を出したことも横田さんは高く評価しています。クラウドの活用が広がれば、当然コストも増大します。その中でスペックの見直しやリソースの最適化を短期間で実行に移せたのは、CCoEの運営体制が整い、クラスメソッドとの連携がスムーズに機能していたからこそでした。
CCoEの役割が社内で明確になるにつれ、活動の視野はAWSの枠を超えて広がり始めます。同社ではAWSのほかに、データ分析用途でGoogle Cloud、AI活用でMicrosoft Azureも利用しています。しかしクラウドごとに管理部署が異なり、利用者から見ると相談先が分かりにくい状態が続いていました。
「AWSはCCoEに相談すればいい。でもGoogle Cloudは別の部署、Azureはまた別。どこに、何を、どこまで相談していいのかがわかりにくかったのです」(池本さん)
2026年、CCoEはこの分断の解消に動き出しました。すべてのクラウドを同じように使えるようにすることが目的ではありません。各クラウドの特性やコストメリットを踏まえた棲み分けを明確にし、利用者が迷わず使える状態を整えること。クラスメソッドはこのフェーズにおいても、AWSの専門家に加えてGoogle Cloudのエンジニアを柔軟にアサインし、マルチクラウドを横断した支援体制で伴走しています。
技術面での支援にとどまらず、AWSのCCoE運営で培ってきた方針策定や責任分担の考え方を、Google Cloudの統制設計にも応用しています。クラウドが変わっても、アカウント管理やセキュリティ、コスト管理の基本的な設計思想は共通です。ゼロから作り直すのではなく、実績のある枠組みを新しい環境に当てはめていくことで、立ち上げのスピードと品質を両立させています。
IT基盤の「再設計」をともに
横浜データセンターからの撤退に向けて、2026年に約7割、2027年に残り約3割のシステム移行を完了させる計画が進んでいます。しかしこの取り組みは、データセンターを閉じるためだけのプロジェクトではありません。ヤマハ発動機グループのIT基盤を、クラウドを前提に再設計していく取り組みです。CCoEは、その再設計が個別プロジェクトの力業で終わらないよう、方針と運営プロセスで全体を下支えする役割を担っています。
この1年のCCoE支援を振り返り、池本さんは「最も大きな成果は、判断の仕組みが組織に根付き始めたこと」だと語ります。支援以前は課題が山積みのまま停滞していた状態が、クラスメソッドが壁打ちの相手となり、優先順位の整理を繰り返す中で、現場が自ら判断し前に進められる体制へと変わっていきました。
「クラスメソッドは単なる外部委託先ではなく、CCoEの立ち上げ期を一緒に走ってくれたパートナーだと感じています。社内だけで進めていたら、議論が技術的な細部に偏って、なかなか前に進めなかったのではないでしょうか」(池本さん)
今後、データセンターからの移行が本格化する中でクラスメソッドが重視しているのは、属人的な対応から脱却し、ナレッジが組織の中で循環する仕組みを作ることです。CCoEへの相談が減ること——それは活動の縮小ではなく、現場が自走できている証拠。その状態を実現するための標準化と仕組みづくりを、引き続き支援してまいります。
横田さんは、その先に描く姿をこう語ります。
「クラスメソッドにやっていただいていることは非常に大きい。ただ、次のステップとしては我々自身がレベルアップして、もっと高度なサービスで会社全体に貢献していくことが必要です」(横田さん)
クラウドによってインフラがソフトウェア化し、アプリケーションやセキュリティとの距離がぐっと近くなっています。
本社IT部門、IT子会社グループ一体で、最新のクラウド技術を活用し、安心安全な環境を迅速に提供できる体制を作ることが、横田さんの描く次の目標です。
クラスメソッドは、CCoEの立ち上げから運営、マルチクラウドの統制整備に加え、全社共通のAWS基盤の整備まで、ヤマハ発動機のクラウド活用を幅広く支援しています。グローバル製造業の変革をともに推進してまいります。


