広告効果測定プラットフォーム「アドエビス」を提供する株式会社イルグルム。長年にわたり、企業のマーケティング活動を支える計測データを預かってきた同社にとって、その資産を守り抜くことは事業の根幹に関わるテーマです。
高度化するランサムウェアを前に、同社は万一の侵害を受けても顧客のデータを確実に復旧できる体制の強化に踏み切りました。そして構築された「AWSアカウントそのものを奪われてもバックアップを消させない」という今回の仕組みについて、選定から実装の細部まで、クラスメソッドはパートナーとして伴走しています。本プロジェクトを牽引した開発本部の上原さん、仲宗根さんにお話を伺いました。
顧客のマーケティング資産を預かる責任
イルグルムは、企業のマーケティング活動を支えるマーケティングテクノロジーカンパニーです。事業はマーケティングAI事業とコマースAI事業の2つ。前者の主軸となるのが、広告効果測定プラットフォームのアドエビスです。企業が投じた広告費に対し、どの施策がどれだけ成果に結びついたのかを計測し、次の投資判断の土台となるデータを蓄積します。
このデータは、顧客にとって経営判断の根拠そのものです。開発本部で副本部長を務める上原さんは、その重みをこう語ります。
「例えば顧客が広告に1億円を投じる場合、その効果を正しく測れなければ投資判断を誤ることになります。言わば計測データは、顧客の事業継続を左右する重要な資産。それを守り抜くことが、私たちの最優先事項です」(上原さん)アドエビスがサービスを開始して20年以上。長くデータを預る事業者として、同社は創業当初からセキュリティ対策に取り組んできました。社長執行役員を委員長とする情報セキュリティ委員会のもと、入口での防御から侵入の検知まで、対策を多層的に重ねています。
それでも、攻撃の手法は日々高度化しています。どれだけ守りを固めても、侵入を100%防ぎきることは難しい。そのため、万が一突破されたとき、最後に顧客のデータを守る砦となるのがバックアップです。その砦をさらに強固にすることが、今回の課題でした。
最終防衛ラインを誰とともに築くか
バックアップ強化が具体的に動き出したきっかけは、経営層の危機感でした。他社で相次ぐ被害が報道される中、対策の優先度は一気に引き上げられたのです。その号令を最初に受けたのが、開発本部でインフラやアーキテクチャの方針に責任を持つ上原さんでした。
「どれだけ守りを固めても、突破される可能性はゼロにできません。だからこそ、最後の防衛ラインとして、顧客の資産だけは絶対に守り抜く。そのためのバックアップ強化でした」(上原さん)
上原さんは、この取り組みの体制を自ら決めていきます。実装は、アドエビスを6年担当し、データの特性を深く理解する仲宗根さんに託しました。仲宗根さんは、普段はアプリケーション開発を主とする立場ながら、この新たな領域への挑戦を引き受けました。
そしてもう1つ、上原さんは外部の知見を借りる判断をしました。というのも、技術的な選択肢そのものはそれほど多くないものの、本当の難所はその先にあったからです。
「手法を選ぶだけなら、誰にでもできます。本当に難しいのは、本番の運用に耐える設計へ落とし込むこと。例外への対処や、検証しなければわからない部分の見極めにこそ、時間も労力もかかります」(上原さん)
限られた期間で最適解にたどり着くには、自社の判断を客観的に検証する相手が必要でした。そこで、迷わず選んだのが、クラスメソッドです。イルグルムは2024年からクラスメソッドメンバーズを利用し、クラスメソッドのエンジニアによるテクニカルアドバイザーの支援を受けてきました。日々のやり取りで、技術力と仕事の進め方への信頼が育っていたのです。
「AWSに関して何かあれば、クラスメソッドに頼む。以前からそう決めていました。このテーマであれば一択。ほかを当たる必要はありませんでした」(上原さん)
依頼を受けたクラスメソッドに対し、上原さんが何より重視するよう求めたのは、復旧の確実性でした。たとえ復旧に時間がかかっても、顧客のデータを確実に取り戻せること。この優先順位を共有したうえで、手法の検討が本格的に始まります。
アカウントごと奪われても消えないバックアップ隔離
手法の検討は、2つの案から始まりました。1つは、バックアップに削除や変更を禁じる錠をかけるVault Lock。もう1つが、論理エアギャップボールトです。
論理エアギャップボールトは、バックアップの保管先をお客様のAWSアカウントから論理的に切り離す仕組みです。例えるなら、自宅の金庫から隔離された、銀行の貸金庫にデータを預けるようなもの。万一AWSアカウントそのものを乗っ取られても、そこに保管されたバックアップには手が届きません。ランサムウェア対策としてAWSが提供する、最新鋭の高度なセキュリティ技術です。
イルグルムが最優先に掲げた「確実な復旧」に最も強く応えるのがこの論理エアギャップボールトであり、これを対策の軸に据えました。この手法の場合、EC2やDynamoDBに対応する一方、一部のデータベースサービスは対象外です。その部分はSnapshotのクロスアカウント機能を同社内で実装し、2つの手法を組み合わせた構成で守りを固めます。
実装を担う仲宗根さんにとって、強く印象に残ったのは、バックアップを保管する構造の設計でした。役割ごとにアカウントを切り分け、新たに3つのAWSアカウントを設けました。さらに、保管したデータを取り出す際には、複数の承認者の合意がなければ実行できないマルチパーティ承認の仕組みも取り入れています。「役割ごとにアカウントをここまで分離する。その発想は、自分にはないものでした」(仲宗根さん)
今回の設計を通じて、仲宗根さんはバックアップ領域の奥深さを実感したと言います。
「バックアップは、取得そのものよりも、いざというときに確実に復旧し、安全にアクセスできるかが重要です。その認証の設計は、クラスメソッドの提案なくしてたどり着けませんでした」(仲宗根さん)
新しい技術であるがゆえに、教科書的な正解は存在しません。クラスメソッドは自社の検証環境で挙動を確かめ、時には技術ブログとして知見を公開しながら、イルグルムの環境に最適なかたちを探っていきました。確立された手法のない領域を、検証の積み重ねで進んでいったのです。
守る対象を見極めて濃淡を付ける
すべてのデータを最も堅牢な方式で守れば、安全性は高まります。一方で、コストは際限なく膨らむ。そこで欠かせないのが、データの特性に応じて守り方を設計することでした。
アドエビスが扱うデータは、性質も役割もさまざまです。仲宗根さんは社内の有識者を集め、それぞれがどのような意味を持つのかを一つひとつ整理していきました。すべてを一律に守るのではなく、特性を見極め、最適な方式を組み合わせていく。データごとに、ふさわしい備えを設計していきました。
この設計を支えたのが、クラスメソッドとのコスト試算の往復です。守る対象や、バックアップの頻度を変えながら、その都度費用を試算し、最適な落としどころを探る。その伴走を、上原さんは高く評価します。
「守る範囲をどう定めるかは、悩ましい判断でした。コスト試算を何度も一緒に詰めてもらえたことで、納得して決めることができました」(上原さん)
外部の専門家が加わった意味は、それだけではありません。設計の妥当性を客観的に裏づけ、経営層への説明にも確かな根拠を持たせる。確実性を求めた今回の取り組みにおいて、その後ろ盾は小さくないものでした。
アドエビスから全社へ横展開を見据えて
「アドエビスで形にしたものを、グループ全体へ広げていく。今回の設計は、それを前提に進めてきました」(仲宗根さん)
まず取り組むのは、築いた仕組みを社内に根付かせ、運用として定着させること。日々の運用の中で改善を重ねることで、確実に機能する状態を保ち続けます。そのうえで、アドエビスで得た知見を、グループのほかのサービスへと広げていく。設計の段階からIaCテンプレートを活用してきたのも、この横展開を効率よく進めるためでした。
定着、改善、そして横展開。終わりのない取り組みを支える存在として、上原さんが頼りにするのが、確立された正解のない領域でともに考えるパートナーです。新しい技術をいち早く見極め、自社の判断が最適かを客観的に検証してくれる。今回のプロジェクトで実感したその価値を、これからも欠かせないものと捉えています。
「これで正解なのか、この方向が最適なのか。迷ったときに、信頼できるセカンドオピニオンとして入ってもらえる。その存在は、今後も欠かせません」(上原さん)
クラスメソッドはこれからも、イルグルムのランサムウェア対策と、その先のグループ全体のセキュリティ強化を引き続き支援していきます。


